私は、訳あって数年間は登山から遠ざかっていました。
59歳になって久し振りに登山を再開したら、体力不足もさることながら、つまづいたりよろけたりして登山道をまともに歩くことができないようになっていました。
若い頃は、久し振りに山に登ってもこんなことにはならなかったのですが、中高年になると急激に身体能力が低下することを痛切に感じました。
定年を迎えて高齢者予備軍になるこの頃が最も危険です。
この世代はまだまだ自己の体力や筋力に自信を持っていて、急激に衰えはじめていることを認識できていない人が多いんですね。
身体の機能が自分の感覚についてこなくなるため、思わぬ事故を招きかねないです。
中高年になって山を楽しむためには、このことをしっかりと認識した上で、身体の機能維持に努める必要があります。
登山という運動の特殊性
登山という運動は、一般的なスポーツと異なり、身体機能の全てを駆使して取り組む運動です。
また、同じ動作を長時間続けることが必要で、時には丸一日運動し続けることもあります。
うっかり転倒や滑落して大事故に遭う可能性が高いということも、他のスポーツにはあまりないです。
そうしたことから、登山に取り組むためには、一般のスポーツと違った意識を持ってトレーニングを積んでおくことが必要です。
登山のために必要な身体機能
歳を取ると、悲しいことにさまざまな身体機能が低下していきます。
これから先も登山を楽しむためには、次の身体機能を維持していくことが必要です。
筋力
まず思い浮かべるのが、筋力の維持ではないでしょうか。
ただし、登山の場合は、次のような理由で筋力には瞬発力より持久力が求められます。
・登山は、一定の負荷を維持し続ける運動である。
・体の一部分の筋肉だけを肥大させると、体のバランスが崩れかねない。
・急激な筋力トレーニングは筋肉の硬直を招き、柔軟性を損ねてトラブルの原因になる。
こうしたことに注意して、適切な筋力トレーニングを続けていくことが望ましいと思います。
筋持久力を鍛えるためには、短時間の高負荷運動ではなく、低負荷で長い時間をかけて運動することが重要です。
心肺機能
長時間の運動に耐えるためには、心肺機能の強化が大切です。
心肺能力をを高めるためには、下半身の持続的な運動が有効です。
適度な負荷をかけながら、30分以上、できれば1時間以上の継続運動を行うことをおすすめします。
散歩が手っ取り早いですが、ただ漫然と歩くのではなく、姿勢を正して大きく手を振り大股で速歩きをして、少し心拍数を上げ続けないと心肺機能は高まりません。
一時期流行った「スロージョギング」もいいですね。決して速く走らないで、歩くようなスピードで、そのかわりじっくりと時間を掛けることです。
集中力
登山では、バテてくると集中力を切らして、思わぬ事故につながる危険性があります。
下山するまで、集中力を維持できなければなりません。
そのためには、集中力欠如の引き金となる身体的な「疲れ」を軽減させることが何よりも重要です。
長時間の登山に耐えることができる体づくり、疲れさせない登山技術、効率的な休憩の取り方などをマスターすることが必要ですね。
バランス能力
中高年登山者の事故が増えていますが、その約半数は転倒、転落、滑落といった「転ぶ」ことに関係したものです。
このような事故にはバランス能力の低下が関わっています。特に、中高年以上になると急激にバランス能力が低下します。
バランス能力には,平衡感覚といって神経系の能力だけでなく、身体を支えるための脚の筋力(特に膝の筋力)が関わっています。
また、体幹(体の中心部の筋肉=インナーマッスル)を鍛えることも、バランス能力を維持する上で必要です。
日頃から近郊の山などに登るなどして、高低差のある不整地を歩くことでバランス感覚を低下させないような習慣づけをすることが大切です。
柔軟性
身体が硬い状態で登山をすると、無駄な体力や筋肉を消費してしまいます。
また、可動範囲が狭いことから、バランス機能を失うことにもなります。
柔軟性の欠如は、筋力や心肺機能などと違い、目に見えて感じるものではないため、ついついその衰えが見過ごされがちです。
しかし、この柔軟性が他の身体機能にも影響を及ぼしているため、柔軟性を維持していくことはとても大切なのです。
毎日継続してストレッチングをして筋肉をほぐしてやれば、可動範囲が広くなり、筋肉の柔軟性を保つことができます。
特に入浴後や運動後の身体が温まっているときにストレッチングをすると効果的です。
中高年に最も大切な身体機能
上記に挙げた機能はどれも重要なものですが、私が実践して最も必要と感じたのは、「バランス能力」と「柔軟性」です。
筋力や心肺機能は、ある程度低下したとしても、そのレベルに合わせて平易な登山ルートを選び、ゆっくりと時間をかけて余裕を持った行動をすれば、それなりに登山を楽しむことができます。
しかし、バランス能力や柔軟性が衰えると、たとえ無理をしないよう気を付けていても、どうすることもできないような問題をはらんでいます。
無駄な動きが増えて体力が奪われるということもありますが、一番の問題は、思わぬ怪我や大事故を引き起こす危険性が増大するということです。
登山では、一番気を付けなければならないのが、怪我や事故です。
特に、近年は中高年登山者の事故が増えて社会問題になっており、その約半数は転倒、転落、滑落といった「転ぶ」ことに関係したものです。
その原因には、バランス能力や柔軟性の衰退が大きくかかわっていると思っています。
こうしたことが起きないよう、バランス能力と柔軟性は、しっかりとトレーニングを積んで維持することが大切です。
機能を低下させないためのトレーニング
バランス能力のトレーニング
60歳になると、バランス能力は若い人の3分の1くらいになってしまいます。
この年代になると、何もしないでいるとバランス能力はみるみるうちに低下していきます。
バランス能力の維持に最も効果的なのは、頻繁に登山に行って不整地を歩くことですが、そんな余裕のない方が多いと思います。
そこで、自宅で簡単にできるトレーニングとして、「閉眼片足立ち」という方法があります。
目をつむり、腰に手を当てて、そのままそっと片足を上げてみます。
目を開けたままだとバランスがとりやすいのですが、眼を閉じるとまともに立っていられないことに気付くはずです。バランス感覚には「視覚」が大きく影響しているのです。
登山は斜面を歩くため、常に視覚による水平が保ちにくい状況にあります。したがって、視覚だけに頼らないバランス感覚を身につける必要があります。
毎日、閉眼片足立ちを左右交互に15秒間ずつ、5セットやってみましょう。日常生活の中で片足立ちを行うことを習慣づけると有効です。
また、バランスを保つには、体幹(インナーマッスル=体の中心部分の筋肉)がしっかりしていることも重要です。
体幹がしっかりしていると、少々身体がぐらついても、しっかりと姿勢を保持できます。
ヨガを取り入れたトレーニングなどは女性に人気があり、体幹を鍛えるのに適していますね。
【参考記事】
バランス感覚は登山において重要なポイントの1つ。その強化方法の前に、まずはバランス感覚が大切な理由をしっかり理解し、自分…
スポーツの世界ではよく聞きますが、登山にも体幹を鍛えることが大事なんです。今回は誰でもできる体幹トレーニング初級編をお届…
柔軟性のトレーニング
柔軟性は、バランス能力と密接な関係にあります。
身体が柔軟であれば、少しバランスが悪くなっても身体の柔らかさが吸収してくれます。
また、もしもバランスを崩して無理な体勢をとっても、柔軟性があれば身体を傷めずに済むこともあります。
柔軟性を保つためには、ストレッチングが代表的なトレーニング方法です。
特に下半身の柔軟性が重要です。
お風呂あがりや運動の後に行うのが効果的ですので、ぜひ心がけましょう。
【参考記事】
皆さんは登山を始める前にどの様な体の準備をしていますか?ゆっくりと筋肉を伸ばすようなストレッチだけですか?…
膝の筋肉強化の重要性
加齢により特に衰えやすいのが大腿四頭筋(太もも前部の筋肉)です。
この筋肉は下りで体にかかる衝撃(体重の2~3倍)を支える重要な筋肉で、膝周りを安定させる役割も持っています。
さらに膝の筋肉が重要なのは、常にバランス能力と密接に結びついているということです。
歩行中に足を着地するとき、膝を伸ばして着地するよりも、軽く膝を軽く曲げて着地する方が、断然バランスよく歩けるはずです。
これは、膝を曲げることで、身体のブレを膝周りで吸収するからなんですね。
車でいうショックアブソーバーの役割りですね。
身体のバランスを保持して歩くために理想なのは、ずっと両ひざを曲げたままで歩くことですが、長時間にわたり斜面を歩き続ける登山では、それはとても困難なことです。
膝に負担をかけ過ぎない効率的な歩き方をマスターすることも必要ですが、肝心かなめの膝の筋持久力を日頃から鍛えておくことがとても重要です。
最も手っ取り早いトレーニング方法は、スクワットです。
バランス能力の維持だけでなく、中高年に多い膝痛を予防するためにも、膝の筋肉を強化は大切です。
【参考記事】
トレッキングポール(ストック)の功罪
最近、多くの中高年登山者がトレッキングポールを利用しています。
その理由は、膝の疲労を抑えるためやバランス保持するためで、中高年の強い味方になっています。
実際、私も、トレッキングポールの有効利用を奨めています。
トレッキングポールとは、歩行の手助けをするための杖のようなもので、トレッキングや登山専用に作られたものです。登山ポールや登山ストックとも呼ばれています。私は膝が弱いため、登山のときは、いつもお守り代わりにトレッキングポー[…]
確かに2本足で歩くよりもトレッキングポールを含めた3本足や4本足の方が安定しますが、トレッキングポールを使えば自分自身のバランス能力を鍛えることができないということも事実です。
ひたすらトレッキングポールに頼っていると、それがないと不安になってきます。特にトレッキングポールを使うことができない岩稜地帯では、バランスの維持に重大な問題が生ずることになります。
私は、山へ行くときは必ずトレッキングポールを持参します。
しかし、最近では、極力トレッキングポールは使わず、ザックにしまっています。そして、どうしても筋力が低下したり膝が痛くなってきて歩行に支障が出てきたときにはじめて、トレッキングポールのお世話になることにしています。
山では、できるだけトレッキングポールを使わない、木や岩をむやみに掴まない、そういったことがバランス能力の低下を抑止する有効な方法だと思っています。
まとめ
歳をとっても安全に楽しく登山を続けていくために、日頃から身体強化に努めましょう。
特にバランス能力を維持するために、閉眼片足立ち、ストレッチ、スクワットなどを実践しましょう。
そしてなによりも、頻繁に近郊の山へ出かけて登ってみるのが一番のトレーニングですね。
一日でも長く登山を楽しめるように・・・